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  • 信吾 田中

正しさとは

学生時代に読んだ森博嗣さんの『すべてがFになる』というミステリー小説の一文に

私には正しい。あなたには 正しくない。いずれにしても正しいなんて概念は、その程度のものです。

というセリフがあり、とても感銘を受けました。


そこから私は、わたしだけが正しいわけでない、みんな等しくそれぞれに正しく、間違っているので、自分の考えをちゃんと言うようにしようという風に考えるようになりました。


アドラーの『嫌われる勇気』という本には、人は、対人関係のなかで「わたしは正しいのだ」と確信した瞬間、すでに権力争いに足を踏み入れているのです。

「いくら自分が正しいと思えた場合であっても、それを理由に相手を非難しないようにしましょう。」 それは「わたしは正しい。すなわち相手は間違っている」と思った時点で、議論の焦点は「主張の正しさ」から「対人関係のあり方」に移ってしまうから。 つまり、「わたしは正しい」という確信が「この人は間違っている」との思い込みにつながり、最終的に「だからわたしは勝たねばならない」と勝ち負けを争ってしまう。 これは権力争いに他なりません。 そもそも主張の正しさは、勝ち負けとは関係ありません。自分が正しいと思うのなら、他の人がどんな意見であれ、そこで完結するべき話です。 ところが、多くの人は権力争いに突入し、他者を屈服させようとする。だからこそ、「自分の誤りを認めること」を、そのまま「負けを認めること」と考えてしまうのです。 負けたくないとの一心から自らの誤りを認めようとせず、結果的に誤った道を選んでしまう。 誤りを認めること、謝罪の言葉を述べること、権力争いから降りること、これらはいずれも「負け」ではないにもかかわらず…。 勝ち負けにこだわっていると、私たちは正しい選択ができなくなってしまいます。 眼鏡が曇って目先の勝ち負けしか見えなくなり、道を間違えてしまう。 われわれは競争や勝ち負けの眼鏡を外してこそ、自分を正し、自分を変えていくことができるのです。


物事には、色んな面があります。

自分以外の正しさを安易に非難せず、その人の正しさを考えてみるのも面白いものですよ。

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